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かなり久しぶりの再会ということですが、お話している様子や雰囲気からは、とてもそんなにブランクがあるとは思えませんね。
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| 飯田 |
感覚的には昔のままだね。見た目は変わったけど、中身は変わらない。高校時代から気持ちの面で似通う部分があったけど、それも変わらずだな。
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| 小菅 |
根底に流れている気持ちは同じだな。それから、3人が3人とも、これまで過ごしてきた時間の中でちゃんと自分の道を究める努力をしてきたんだとも思った。その努力があるからこうして相変わらず「仲間」でいられて、エールを送り合えるんだなと実感しているよ。
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飯田 |
実はこうして話す前は、もう年だし、義男にはあんまり無理しないでもらいたいなと思っていたんだ。でも気持ちは変わった。今は体力の続く限り、生きてる限り現場で仕事を続けてほしいと思う。小菅は、さらにすばらしい動物園をつくりたいっていう大きな夢を持っていて、園長を定年退職した後もそのために活動している。夢の実現を目指してこれからも頑張ってほしいな。
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髙橋 |
俺は小菅の取り組みを通して動物園というものの見方が変わったんだ。かつての動物園はショーに近い見せ方が主流だった。客にウケるように見せるっていう。でもそれじゃ本当の動物を知ったことにならないと小菅は考えて、生き物の本質を見せたいって思っている。「そうあらねばならない」と思うから取り組んでいる。夢ではなく責務といったほうが適切かもしれないな。俺もそうだからよくわかるよ。
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俺は子どもたちに、彼らが「現実だ、仕方ない」と思っていることは、そう思い込まされてるだけで真実ではないんだと気づかせたいんだ。思い込まされてる状態っていうのは、つまりは管理者に見くびられているってこと。偏見から解放して、ハンディキャップなんか存在しないということ、不当なのに常識とされているだけだということを子どもたちや社会に対して教えていかないといけないと思ってる。「なめんなよ」って。今俺がやっていることは、そのための実証なんだ。
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小菅 |
現場の最前線でそうして戦い続けている義男はたいしたやつだと思うね。もちろん飯田のことも。飯田は今の会社の本社で役職についていた。それなのに、業績の振るわない北海道の小さな子会社の社長に名乗り出たんだよ。どう考えてもおいしい話じゃない。だけど昔関わった人たちが職を失うかもしれないって思ったら捨てておけなかった。なかなかできることじゃない。しかも会社をしっかり立て直した。
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| 髙橋 |
どんなことをやったんだ?
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| 飯田 |
一番力を注いだのは、人との和を大切にすることだった。年齢問わず、社員全員に思いやりと尊敬を持って接して、「子会社といえども独立した会社なんだから、親会社を抜きにして、各々の社員が一生懸命やらないといけないんだよ」と伝え続け
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た。そんなことが数字に結びつくとは思わない人も多いけれど、3年間、業績は上がり続けている。社員の入れ替えは一切していないんだけどね。
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| 小菅 |
飯田の姿勢が、社員の心を動かしたんだよな。まさに「人生、意気に感ず」だ。些細な変化も、100人分集まればとてつもない変化になる。
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| 飯田 |
会社はつきつめれば、人と人との和でできている。そこを大切にすれば、結果はおのずとついてくるんだ。ラグビーだってみんなが勝手なことしてちゃ成り立たなかった。尊敬、そこから生まれる人とのつながり。それが積み重なるといろんな奇跡が起きるんだよ。今日のうれしい再会が実現したのも、義男の活動がたくさんの人を結びつけて、『義男の空』っていう漫画を生み出した結果だ。今はオレたちの時代と比べて、一人遊びのうまい子が増えた。だけどその分、周りとの関係性を作らずに生きているように感じて、オレはそれが気がかりだね。
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小菅 |
つながりを作る力はとても大切だよ。オレはそれを身をもって学んだ。オレは2年浪人して大学に入った。2年も浪人したのは、浪人1年目の時に、義男がオレをアルバイトに巻き込んだから。すっかりそっちにハマってしまって、全然勉強しなくてな(笑)
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飯田 |
ラグビー部に関わってなければそんなことにはならなかったな(笑)
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小菅 |
でも、浪人したおかげでオレは旭山動物園に就職することができたんだよ。当時の北大は入学後に学部を振り分けるシステムだった。成績上位順に希望学部に進むんだ。オレは大学では2学年下の南高の後輩と親しくしていたんだけど、彼らの時には学区制が変わっていて、南高は優秀な学生が集まる高校になっていた。そんな後輩た
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ちが協力してくれたおかげでオレも大学では成績上位で、トントン拍子に獣医学部に入ることができた。また学部移行後初めての解剖学口頭試問で、厳しいと評判の試験官が、高校時代にオレたちのラグビーの試合で審判をやっていた人でね。級友がバタバタと落第する中、なぜかオレの名前が合格者の中にあったんだ。
そして、10 年に一度あるかないかの旭山動物園の獣医募集がオレの卒業年に出た。今の自分がいるのは、あの時義男たちとラグビーをやっていたおかげ。そこから生まれた数々の出会いがなければ、今の旭山動物園もきっとなかった。
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| 髙橋 |
俺たちが一緒に戦ったのはせいぜい3カ月くらい。そこでできたつながりがさらにたくさんの未来をつくったんだな。俺も最近、人と人との関わりの不思議さやすごさを感じることがよくあるんだ。診てきた子どもたちやその家族に、数年後、数十年後、思わぬところでお世話になったりする。そして驚くような再会から、また新しい化学反応が起きる。それが集団で生きる動物(にんげん)なんだ。
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| 小菅 |
人生に無駄なことは何ひとつないと自信を持って言える。可能性はいくらでも広がる。人とのつながりがまた、可能性を拓く力になってくれる。人生を生き抜いていく力になるんだ。
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| 飯田 |
でも、最初からそんなことを考えて付き合ってはいなかった。損得を考えて接していたらきっとこういう未来はなかったね。助っ人してた当時はただただその状況に真剣だっただけだけど、そのひたむきさ、純粋さが良い結果に結びつくんだよな。
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| 髙橋 |
嘘やごまかしがあると、いつか破綻するよ。人と関わり、つながることの大切さは変わらない。時代が変わり教育も変わったけど、よりよく生きるために大切なことは今も昔も同じさ。だから、次の世代にしっかり伝えていかないといけない。
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| 小菅 |
そのために、まだまだやるべきことがたくさんあるな。飯田も頑張ろうぜ。
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| 飯田 |
まあ、うちの会社はオレがいなくても、もう大丈夫だと思うんだがな。
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| 小菅 |
いやいや、引退しようとしたら絶対に部下たちに引き止められるよ。飯田の部下は言うんだよ。「飯田さんがいなかったらまた会社はダメになる。うちにはあの人が必要だ」ってね。そこまで社員に愛され、必要とされるのはすごいことさ。必要とされるうちは頑張らないと。
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髙橋 |
そうだ。小菅にしか、飯田にしか、俺にしかできないことがある。しなければいけないことがある。だからやるのさ。これからもそれぞれの場所で、変わらず戦い続けていこう。そして自分たちの姿で、今を生きる子どもたちに伝えていこうぜ。地域の中では互認互助が大切。それからどんな人の中にも、無限の可能性はあるんだってことをね。
(後編へ続く)
◎この対談は平成27年1月に
行いました。
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