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高橋先生は作中で「子どもが亡くなっても、その存在は家族の中に生き続ける。家族に『別離(わかれ)はない』とおっしゃっています。残された家族にとって、すごく勇気づけられる言葉だと感じました。 |
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英次 |
僕たち 夫婦にとっても「家族に別離(わかれ)はない」という言葉は、今でも心の支えになっています。
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高橋 |
小児医療に関わるようになってわかったんだけど、子どもっていうのは、みんな一生懸命生きているんだ。彼らは絶対あきらめない。だから、こっちもそれに全力で応えてやらなきゃならない。たとえ結果が悪かったとしても、それを後につなげてやることが大事なんだよ。だから、親の中に一生懸命頑張った子どもの姿やその時の感情を、ちゃんと入れておいてやりたいんだ。俺の考えでは、治療というのは子どもの人生の一部分であって、もっと「生きる」ということの本質に目を向けるべきなんだよ。だから、理解してくれる親にはそういうことを伝えるようにしているんだ。
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英次
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先生に言われた、「同じ人間だべや」という言葉も心に残りました。健典が何も反応しなくても、話せなくても、同じ人間だしお前たちの子どもなんだよと。
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高橋 |
「悔いを残さないように全力を尽くす」ということが大切なんだ。
少しでもできることがあるのなら、それをやりきる。そうすれば、きっと何かが残るはず。できる限りのことをしたんだから、親は誇りを持って子どもに息吹を与えてやればいい。だから健典は今も二人の中で生きているし、その存在はずっと続いているんだよ。
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恵子 |
先生に言われたことが、私たち夫婦の生きる勇気になりました。健典や先生とのことがあったから、30年以上夫婦で向き合って生きてくることができたんです。まだ未熟だった私たちに、「母親って、夫婦って」ということを考える機会をくれたんじゃないかな、と思っています。
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高橋 |
俺もそう思うよ。今でも俺のところに運ばれてくるのは重症の子どもが多くて、救えないこともある。そんな時よく言うのは、たとえその子の生命がなくなっても親の心の中で生き続けるし、親にも周りにも影響を与え続けていく、ということ。本来人間とはそういうものなんだ。だから「子どものことをずっと生かせ」って。俺にできるのは、親が自分を責めることがないように、親の十字架を外して楽にしてやることだから。「忘れる必要はないんだ」って話すんだよ。
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恵子 |
人からは「忘れなさい」と言われたこともありました。でも、そんなことはできなくて、今でも健典の写真に話しかけたりしています。長男の英典が結婚相手の女性を家に連れてきたりするんですが、幸せそうな二人を見ていると、「もし健典が生きていたら、どういうタイプの女性を好きになったんだろう」なんて、想像することもあります。「どんな大人になって、どんな風に暮らしていたんだろう」と、成長した健典の姿を思い描いているんです。
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英次 |
僕はもともと子ども好きだったんですが、健典を亡くしてからは、よその子どもまですごく愛おしく感じるようになりました。だから、長男の友だちが遊びに来ると、「うちに来たらおじさんの子どもと一緒だよ」と言って、自分の子どもと同じように遊んでいました。
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高橋 |
健典の父さんと母さんは、ちゃんと健典のことを生かしきっているからすごい。俺が、子どもたちやその親にいつも言っていることを実践してくれているからすごいし、とてもありがたいな、と思うよ。
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英次 |
こうして自分たちのことが漫画になったのを見ると恥ずかしい気もしますが、あらためて感動しますし、きっと健典も喜んでくれていると思います。高橋先生と健典がくれたものは、僕たち夫婦の大切な絆になっています。
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高橋 |
健典とのことを通じて、二人の価値観や生き方が変わったはず。そこに、健典が生まれてきた意味があったんだと思う。たとえ生命がなくなったとしても、家族は別離(わかれ)はない、というのは、そういうことなんだ。健典はこれからもずっと二人の中で生き続けていくんだよ。 |
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「義男の空」第5巻の巻末の
「巻末特別企画」に収録されています。是非ご一読ください。 |
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